小学生の頃の思い出話。
暗い話ではないけれど、オチもあまりない話。
僕が通っていた小学校は、地元の公立校だった。
そのせいか、校内はいつでもどこでも子供たちの喧騒にまみれていた。
それは図書室も例外ではなかった。
図書室の先生は、非常に大人しい30代くらいの女の先生で、いかにも図書室の先生然とした人だった。
いつも小声で騒いでいる子供たちに注意をしていたが、当然効果はなく、先生は困ったような悲しそうな顔をするばかりであった。
僕は、それ以外の彼女の表情を見たことが無かった。
その頃、僕は学習塾に通っていた。
その学習塾は大手の塾で、4月になると新規の生徒とその親が体験入学に多く来ていた。
体験入学に子供を連れてくる母親は、皆一様にフォーマルな格好をビシッと決めていて、化粧も濃い。
教育ママであることを強制されていると思い込んでいるのか、過剰に自分を教育ママの型に押し込んでいた。
そしてあの日、僕はそんな母親たちの中に、どこかで見覚えのある顔を発見した。
その人は、その集団の例にもれず、スーツを着て、背筋をピンと伸ばして立っていた。
目つきもきつく、大きなピアスが印象的だった。
誰だろう? 思い出せない。
僕は短い自分の人生を回想しながら、じっとその人の顔を見ていた。
するとその人は僕に気付き、少し恥ずかそうに照れ笑いしてから、申し訳ないような表情で僕に会釈をした。
それを見て僕は気付いた。
この人は、図書室の先生だ。いつも生徒たちを前にして、困ったような顔をしてオロオロしている先生だ。
僕はその瞬間初めて、図書室の先生にも、図書室以外の人生があることに思い至った。
僕は他人の、ほんの一側面しか見ていない。
そのことがなんだかとても怖く感じて、それ以来、僕は図書室の先生を避けるようになった。
結局僕はそのまま卒業して、それ以降先生には会っていない。
しかしそれ以来、他の先生や大人を見るたびに、どうしてもその保健室の先生のギャップが思い出され、「この人にも他の面があるのかも」と怖くなったことを覚えている。
今考えると、大人によって見せられていた幻想的な世界の殻を破った最初の一歩だったのかもしれない。