kenpi20の灰色マインドマップ日記

にわか作家志望(某メーカー研究職、新入社員)による、現状把握・思考整理

【工学】自分の行動の最終目的を自覚する ――「科学」と「工学」の違い

<今回のまとめ>

・「科学」は世界を解明するもの、「工学」は世界を改善するものであり、つまり目的が違う。

・このように、まず目的をはっきりさせることが、物事をうまく進める第一歩ではないか。

 

 今まで何故か抽象的な話ばかりだったので、今日は僕の好きな工学の話をしようと思う。まずは、工学とは何か? という話から。

 

 学問というものは何かにつけ分類され、体系づけられる。それが学問の本質とも言える。

 最もメジャな分類方法は「文系」・「理系」というものだろう。しかしこれは教育機関的な必要性から付けられた区分であり、学問の内容に即した厳密な分類ではない。

 それに引き換え、理系分野における「科学(ここでは理学とほぼ同義)」・「工学」という区分は、内容に即した非常に分かりやすい境界がある。それはつまり、「その学問の最終目的が、世界の解明なのか、改善なのか」である。

 

 「科学」とは、「この世界はどのように出来ている(動いている)のだろう?」という疑問を発端にした学問の総称である。例えば「世界は何で出来ているか?」を突き詰めたのが基礎化学で、その結果として原子や化学反応が解明された。「どういう理屈で動いているのか?」が基礎物理学。他には、生物学・天文学などが「科学」に含まれる。このように、「世界の解明」を最終目的としているのが「科学」である。俗っぽい言い方をすれば、科学とは「そもそも論」なのである。だから、「科学的」というのは「そもそも世界とは何なのだ?」「なんで空は青いんだろう?」「人間の足はなぜ二本なんだ?」「そもそも生物って何だ?」「愛とは何なんだ?」と考えることを言う。

 それに対し、「工学」とは、「この世界をどのように改善できるか?」という姿勢に基づく。つまり最適化である。例えば、ロボット(機械)を作って力仕事を簡単(最適)にする機械工学や、新しい発電所・エンジン等を作ってより効率よく力を得ようとするエネルギー工学、生物の体を模してより良い物(植物をヒントにしたマジックテープなど)を作る生体工学などがある。その他には、遺伝子工学ソフトウェア工学、経営システム工学などが「工学」に含まれる。このように、「世界の改善」を最終目的としているのが「工学」である。だから、「工学的」と言うのは、「車の車輪は何個あるのが一番良いか?」「ソフトクリームのコーンはもっと便利な良い形にならないか?」「あの人に好かれるにはどうしたら良いだろう?」などと考える事を言う。ここで面白いのは、工学の中には、理系的でないものも含まれるということだ。芸術とか、文学とか、恋愛なんかにも「工学的」な考え方は存在する(芸術ではレオナルド・ダ・ヴィンチが、文学では星新一が工学的だと感じる)。

 

 このような、「科学」「工学」という区分は、理系分野ではかなり強力に用いられている。例えば物理学は基本的には「科学」に分類されるが、その一部の工学的なジャンルには「応用物理学」という名前がわざわざ付けられている。このように、「科学」「工学」の区別はかなり明確に行われているのだ。

 

 なぜこの区分が重視されているかと言うと、自分の研究がどちらの学問なのかを明確化することで、最終目的がはっきりするからだ。そしてその、最終目的をはっきりさせることが、研究する上で何よりも重要なことだからだ。

 よく言われるように、大学前半までで行われる"授業"では、提示された問題を解く。しかし大学後半以降の"研究"では、まず問題を発見することが重要になる。その際、自分の目的が何なのかがはっきりしていないと問題を発見できない。だから「科学」「工学」の区分が重要になる。

 

 そして、これは研究に限ったことではない。仕事でも、実生活でも、人間関係でも、まずは「自分の目的が何なのか」をはっきりさせることが重要である。それができれば、そのための問題点が見えてきて、その問題を解決するために何をすればいいのかを考える段階に進むことができる。先ほどの話で言えば、自分の目的が「人の気持ちを知りたい」などの解明に向かったものであれば科学的な考え方が有効であり、「関係を改善したい」などの改善に向かったものであれば、工学的な考え方が有効ということになる。

 

 自分が何をしたいのか? まずはそれを見定めるべきだと思う。そして、その目的達成のための方法論として、目的ごとの学問があるのだ。目的に合った学問を活用すればきっとうまくいく。

 何のために、何を使って生きるかは、個人の自由なのである。