【公開年】1985-1986年(全1巻)
【初読時】2015年
【レビュー執筆時】2015年
■この漫画を読んだ理由
友人から面白いと聞いて。
ねこぢるの漫画が好きなので。
■あらすじ
貧しい町工場の長男である主人公は、貧困から抜け出すために大学受験に向け猛勉強中。
しかしある日、母が事故で全身を焼き入院する。
父は膨れた借金を返すために昼夜問わず働くが、機械に巻き込まれ「ぐっちゃんぐっちゃん」になって死亡する。
主人公は工場と妹達を守るため、大学を諦め工場で働き出す。しかし度重なる不幸の連鎖は止まらない。
■感想
ひどい漫画だった。ひたすら陰鬱な漫画。
この漫画から得るものは一つもないと思う。
しかし質の悪いことに、漫画として読みやすい。絵柄も馴染みやすくテンポも良い。それが"被害者"(最後まで読み通す読者)を増やしている。
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この漫画が、なぜこんなにも辛いのか。
家族が死に、大学を諦め、劣悪な労働環境に精神が歪み、周囲に馬鹿にされ、執拗に執拗に虐められ、貧困に押し潰される主人公。
この作者が最も残酷な点は、主人公を死なせない点だ。
この主人公の人生は、明らかに死よりも辛い。
こんな人生は生きているだけ無駄だ。
しかし人間はそう簡単に死ねない。
当初、主人公には妹と弟が居て、死ぬより辛い状況で働くしかなかった。
彼らが死んでからも、狂人として生き続けざるを得なかった。
そして精神病院を出ても彼は死ねない。ラストシーンでは「かけがいのない第二の人生のはじまり」が描かれる。
これこそが地獄である。
彼が救われる最も簡単な方法は、妹たちと首を吊ることだっただろう。そうとしか思えない。
この世界には、それほどの地獄が存在する。
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「それほどの地獄が存在する」と書いたが、果たしてこの物語にリアリティはあるか?
全体を通してみれば、無い。
確かに、個々のエピソードは現実的だ。
例えば、印刷機に引きずり込まれてぐちゃぐちゃになって死ぬ事故。
葬式に現れて死体を蹴る借金取り。
人に見放され借金だけを残し倒産する会社。
真冬の大雨の中、カッパも貸してもらえずにバイクで走らされる労働環境。
死んだ父親に関して、「なあ、ぐっちゃんぐっちゃんだったんだろ?」と執拗に聞いてくる悪質な同僚。
金持ちになびく恋人。ひたすら庭に殺虫剤を撒く狂人。狭く汚い食堂。食事に事欠く程の貧困。
全て、実在する。
特にこれらは、一度人生を踏み外すと、意外とすぐに忍び寄る。
こうしたエピソードのリアリティは、人生で辛酸を嘗めたことがあればあるほど増すだろう。
しかし全体を通してみれば、この物語は非現実的と言える。
これほど不幸が畳み掛けることは珍しいからだ。
月並みなことを書くが、この世界には善人も存在する。これは願望ではなく事実だ。
この漫画は、その事実を敢えて伏せている。
借金は整理できる。未成年の主人公は保護を求めることが出来る。会社など畳めばいい。
主人公が幸福になれるかは別として、ここまでの不幸を描くことは非現実的だ。
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では、この作品にリアリティが無いとして、他に何かがあるのか?
それが、何もないのである。
この物語にメッセージ性はない。カタルシスもない。社会批判も寓意性もない。
ただ強烈に暗い。それだけだ。
作者の言いたいことは、特に無いだろう。
貧困の中で鬱々と人生をイメージしていて、それを紙の上に具現化しただけだ。
何かを主張している訳でも批判している訳でもない。
深く考えずに、表層を、つらい描写を素直に感じ取れば良いのだと思う。
■主観的な感想
最後に、非常に個人的な切り口で感想を書こう。
僕は今、新入社員として工場研修に来ている。
「現場を知る」という名目で、工場の作業員として半年間働きに来ているのだ。
昼勤と夜勤を繰り返し、現場の人たちに怒られながら機械を回している。
はっきり言って、かなりしんどい。
完全な肉体労働で、支給される弁当はまずく、職場に会話はない。
常に足が痛くて、機械はうるさく、忙しくて今が昼なのか夜なのかもよく分からない。
仕事おわりには疲れていて、米が喉を通らない。
そんな状態でこの漫画を読んだので、かなり心に来た。
現場の人々のことを思い出した。僕はあと数ヶ月でこの現場を去るが、高校を出てから定年までずっと工場で昼勤・夜勤を繰り返して過ごす人々は確かに居る。
僕は、いわゆる差別意識はないつもりだ。職業に貴賎はないと思っている。
しかし、工場の仕事はきつい。
騒音を鳴らす機械の操作はとても危険だ。有害な溶剤をよく肌に浴びる。外へ荷物を運ぶ時、雨が降っていたら濡れるしかない。
台風の中、ずぶ濡れで倉庫まで台車を押した時、僕は本当に辛く哀しい気持ちになった。自分がゴミのような存在だと思えた。
これは、貴賎とか平等とかそういう問題ではない。
工場の仕事は辛い。それは事実だ。
この漫画は、綺麗なタテマエの奥にある「嫌な方の事実」だけをまざまざと見せつけてくる。
もう見たくないと思った。
僕は読み終わった日、この漫画を捨てた。