kenpi20の灰色マインドマップ日記

都内で暮らす会社員のライフログ、現状把握、自己分析

【小説感想その2】 『虐殺器官』(伊藤計劃)――贖罪は自分勝手にしかなりえない

 

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

 

  

■あらすじ
近未来、テロ対策として厳格なID認証制度を採用したアメリカ。
ピザの注文にすら個人認証が必要という不自由さと引き換えに、国内でのテロ行為は激減。
しかし一方で、途上国ではテロや独裁者の暴政が増加するという皮肉な結果を生んでいた。

主人公はアメリカ政府の暗殺部隊の一員。
高度な情報・武器を携え途上国の独裁者・子供兵士を殺害するその仕事は、命の危険は低かったが、精神的な葛藤からは免れられない日々を強要していた。
そんな中、自分たちの作戦から何度も逃げおおせている謎の男の存在に気づく。
男の名はジョン・ポール。彼が訪れた先では、何故か大規模な内乱、および虐殺が生じている。
ジョン・ポールとは誰なのか。彼は何を行っているのか。そして『虐殺器官』の正体とは。

 

 


■感想

※以下、全体的にネタバレを含みます。

 

主題にあたる部分が面白かった。


要するに倫理観に関する部分だ。
主人公たちは倫理観に則って贖罪の方法を探している。

主人公もジョン・ポールも(アレックスもウィリアムズも)、贖罪の方法を求めて彷徨い、行動する。
しかしとっくに「神は死んだ」世界だから、結局は自分勝手に贖罪の方法を探すしかない。

彼らの贖罪には死が伴う。他国での虐殺や自国での虐殺、もしくは自死
そこが人間の限界として描かれている。死によってしか償えない世界。それが悲しかった。
結局、人間は自分勝手でしか居られないのか。

 

それはラストの一文にも表れている。

すこし気持ちがやわらいだ。

つまりこれが結論なのだ。「すこし気持ちがやわら」ぐ。そのためだけに主人公は虐殺を引き起こした。

ジョン・ポールは「愛のため」に虐殺を行っていたけれど、これも本質的には変わらないと思う。
他国と自国の国民の命を天秤にかけた。自分勝手だ。

悔しい。利他精神すら自分勝手さに基づいていて、誰かの死から逃れられないという世界観が非常に悔しかった。


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話を変えて、SFのガジェットについて。

まず僕はSF門外漢*1なのだけど、勇気を出して思ったことを書く。

作中の『虐殺器官』の概念は、科学的な根拠が薄い。
自然淘汰のための体内システムということだけれど、SF的に納得させられるだけの説明はないと思う。
言ってしまえは、これがデスノートであっても構わないし、メダパニであっても構わないだろう。

僕はSFマニアではないので科学的な根拠の有無にこだわりは無いが、この作品がSF小説として出されている以上、こうした点は気になる人には気になるだろうな、と思った。
(上の例で言えば、デスノートをSFと思っている人は居ないので、デスノートに対して「科学的根拠が少ない」と憤る人は居ないだろう)


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それに関係して、ちょっとメタ的な視点で見るけれど、
この小説はおそらく上記で述べたようなテーマありきで書かれていると思う。
「倫理観の自分勝手な規定(による虐殺)」というテーマを描くにあたって、
それが活きるストーリーラインや世界観(近未来の暗殺部隊であること等)が決められ、
それを裏付けするSF的ガジェット(痛覚マスキングや各装備品、虐殺器官など)が設定されている、と想像する。

SF的ガジェットに科学的根拠が薄いのはそういう理由なのではないか。

 

上にも書いたが僕にSFに対する拘りは少ないので、この作者には今後「SF以外の手法で作品を書く」という余地もあったのではないかと思う。
とは言え、この作者はSFマニアだったようなので、おそらくそんな事はしなかっただろう。

何にせよ、夭折されたことが悔やまれる。もっと書いて頂きたかった。

 

 

 

*1:人生で10冊くらいしか読んでいない