今年の夏、観光で滋賀県に行った。
これは、僕にとっては凄いことだった。
僕は出不精で、旅行にもあまり行かないので、東京から出ることがほとんどない。
関西地方だって、初めて行ったのは2年ほど前のことだ。
そんな僕が、観光地としてメジャーでもない滋賀県に行くのは、かなり大それた行為だった。
一番印象に残っているのは、滋賀の在来線に乗っていて、「大津市」を通過した時のことだ。
というのも、僕にとって「大津市」は、地図帳の中の単語だったからだ。
「大津市」が実在して、そこに自分が訪れているというのは、何だか奇妙な感覚だった。
※もしかしたら物凄く失礼なことを言っているかもしれないが……言うまでもなく、僕が無知でアホな人間だ、という話だ。
それを経て、何となく気づいたこととして、
行こうと思えば何処にでも行けるのだ、ということがある。
僕は何となく、色々なものを「僕とは関係のない世界だ」と思い込む癖がある。
例えば大津市がそうだし、海外の観光地も別世界のものだと思っているし、もしくは登山やマラソンといったイベントも、全く関係ない世界のものだと思っている。
だが、僕はもう成人だから、行こうと思えば何処にでも行けるのだ。
大津市に行ってもいいし、ガラパゴス諸島に行ってもいいし、登山をしても、マラソン大会に出てもいい。*1
おそらく、人生の自由度は限りなく高いのだろう。
「大津市」と書かれた看板を見て、そんなことに気付かされた。
もしかしたら、本気を出せば、僕は三重県の「津市」にすら行けるのかもしれない。
*1:やりたいかは別として