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kenpi20の灰色マインドマップ日記

にわか作家志望(某メーカー研究職、新入社員)による、現状把握・思考整理

【日記】 母校の小学校を徘徊したが特に何の感慨も沸かなかった話

 


先日の選挙の日、僕は母校の小学校に投票に行った。

 

その小学校は、数年後に統廃合によって無くなるらしい。
僕は(うまくいけば)来年から他所で一人暮らしを始めるので、この小学校に来るのは最後だろうなと思った。

なので、せっかくだからと思い、校内を徘徊した。


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当時、僕は友人と裏庭の花壇(のようなところ)でよく遊んでいた。
花壇と花壇の間には飛石があり、そこをひっくり返すと蟻やミミズやなんかが居て、それを見るのが楽しかったように思う。

面白いことに、一度ひっくり返すと、それから数日間はそこに虫が寄り付かなかった。光に晒された場所は、巣として適さないのかもしれない。
なので、僕らは毎日すべての石をひっくり返すことはせず、

「あそこの石は、あと一週間くらい寝かせよう」

などと考えていた。少し待てば、また元のように、虫が住み着くようになる。

しかし子供にとって一週間はとても長く、待ちきれずにすぐひっくり返してしまうものだから、結局いつもあまり虫は居なかった。


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で、その花壇を見れば良くも悪くも感傷に浸れるだろうと思い、裏庭まで足を運んでみた。

花壇はまだ残っていた。飛石もまだあった。
人気はなく、木は枯れかかっていて、百葉箱はくたびれていた。

全て当時のままだった。
今の生徒は、飛石をひっくり返しているのだろうか。
そうでない場合、あれから10年ほど「貯め」たことになる。
あの飛石の下には虫達が蔓延っているのだろうか。


そうして僕は、飛石に近づこうかと思ったが、よく考えたら別にどうでもいいなと思い、やめた。

そこで気づいたのだが、この花壇自体が僕にとって思ったよりどうでもよかった。

裏庭に来ても、何の感慨も沸かなかった。
良い感情も、悪い感情も無かった。

この学校では良いこともあったし、嫌なこともあった気がする。
いじめられっ子が両足と両手をガムテープで縛られ、足蹴にされているのを見たこともあった。


でも、何だか全てどうでもよくなってしまった。
この小学校があと数年で無くなってしまってもいいし、無くならなくてもいい。

裏庭を実際に見ることで、逆に距離を感じてしまったのかもしれない。

時間が経つと全てのことがこうなってしまうのだろうか。

修士研究も、今親しくしている人も、悩みも、全てどうでもよくなるのかもしれない。


全てを忘れていく、というよりも、全てがどうでもよくなっていくのだとしたら、
何だか歯を食いしばって生きていくことが無意味なように思えてくる。