kenpi20の灰色マインドマップ日記

にわか作家志望(某メーカー研究職、新入社員)による、現状把握・思考整理

【日記】 「原爆が正しかったかどうか」と「家族が死んで悲しかったこと」とは関係がない

 

僕は子供のころ、小学校の図書館で『はだしのゲン』を全巻読んだ。

すごく面白くて、好きだった。今でも好きだ。

 

あの漫画の魅力は、「戦争の歴史的資料」や「教育書」というところではないと思う。

 

というのは、たまに問題視されているように、あの漫画には歴史的事実とは異なる描写(ミス)がある。また、政治を語るにしては知識・表現が幼稚な部分もあるかもしれない。

それに、教育書としては、幼ない子どもたちにショッキングな描写を見せることについて否定的な意見はある。

 

(まあ、それを言うなら、原爆投下時に広島・長崎に居た子供たちは想像を絶する衝撃的な状況をまざまざと見せつけられたのだ。そして戦争が起きる度にそれは繰り返される。言うまでもなく、本当に問題視されるべきなのはそちらだ)

 

 

だが、それを踏まえても僕は『はだしのゲン』が好きだ。

何故なら、あの漫画からは作者の想いが強く感じられるからだ。

 

あの作者は、広島で戦争体験をし、母を亡くし、『はだしのゲン』を書くに至った。

漫画を読めば、彼が何を感じたかがよく伝わってくる。

 

僕はあまり政治に興味が無いし、政治の知識も無いし、実は『はだしのゲン』が歴史的に正しいのかどうかもあまり興味が無い。

ただ、作者にあの作品を書かせるに至った『原爆投下』は事実なのだろう。

 

作者は戦争を憎んでいる。原爆を投下した当時のアメリカ人を憎み、戦争責任があるとして昭和天皇を憎み、また反戦主義者を差別した当時の日本人を憎んでいる。

そして平和を望んでいる。

そのことだけは痛いほど伝わってくる。

 

つまり、『はだしのゲン』に共感するかどうか以前に、作者の想いが真摯に伝わってくる、ということがあの漫画の魅力だと思う。

 

 

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「正しさ」の話は、とても難しいし、疲れる。

それを語るには、大いなる知識と知恵が必要だろう。

 

しかし、「想い」に関して語る権利くらいは、凡人にもあるのではないだろうか。

「家族が死んで悲しかった」と述べることは、悪いことなのだろうか。

その発言は、「右翼的、もしくは左翼的だから悪いこと」なのだろうか。

 

「原爆が正しかったかどうか」と「家族が死んで悲しかった話」は関係がない。

そして当人にとって重要なのは、言うまでもなく後者なのである。