はてさて、研究相談が終わり、研究の目処は立たないまま、帰路である。
何度か書いているが、院生の研究生活とは、
「作業する」→「発表する」→「駄目出しされて振り出しに戻る」→「作業する」→……
の繰り返しである。
まるで賽の河原だ。
もちろん先輩方は嫌がらせでそんな事をしている訳ではなく、卒業論文や卒業発表の際に不合格にならないよう、先に駄目な所を指摘してくれているのだ。
分かってはいる。しかしそれでもやはり、意見や作業を否定されるというのはやはりり辛い。
まあ、研究は(というか)仕事は結果主義でしかないから仕方無いといえば仕方がない。
極端な例を出そう。
僕の知人のある研究者は、何十年も、原子間の電子の受け取りによる発光現象の研究をしていた。
彼の研究が実を結べば、今まで不可能と言われてきた、様々な色の照明が実現する。
彼は毎日、思考や議論や作業を重ねて、研究に没頭した。
しかし、数十年後のある日、とあるニュースが彼のもとに飛び込んできた。
端的に言えば、先を越されたのだ。
しかもその原理は、彼の研究テーマとは全く異なるものであった。
つまり彼の数十年にわたる研究は、実を結ばなかっただけでなく、他者の研究の礎となることすら無かったのである。
そして、意味を失った彼の研究プロジェクトは消滅した。
今では彼は、自分の研究を破滅に追い込んだ「青色発光ダイオード」を応用する研究を行っている。
純粋に、恐ろしい話だと思う。
結果主義といえばそれまでだが、研究の冷徹さは時に人を殺す。
幸いなことに、うちの研究室では自殺者は出ていない。
が、毎年全てが怖くなって引き籠ってしまう(大学に来なくなり、退学となる)学生は居る。
とりあえず僕は、大学に通い続けることを最低限の目標としよう。
研究相談の度に、そう決心する次第である。