「私、推理小説が好きなんです」
学校や職場でそう話している人がいる。
「好きな作家は誰ですか?」と聞くと、9割以上の確率で「東野圭吾です」と返ってくる。
そしてその後、「そもそも東野圭吾しか読んだことありません。東野圭吾より面白い小説家なんて居るんですか?」と続く。
こんな経験をしたことがあるのは私だけではあるまい。
それだけ東野圭吾の人気は圧倒的だ。読書が趣味でないが、東野圭吾だけは読むという人も珍しくない。
間違いなく、日本の大衆文芸の中心には東野圭吾がいる。
ミステリファンとしては、こうした東野圭吾一強の大衆文芸界を寂しく思うことすらあった。
東野圭吾以外にも沢山面白い作家はいるのに、皆、「東野圭吾が面白かった」という強烈な成功体験をもとに、他の作家など目もくれないからだ。
また、東野圭吾が売れすぎているせいで、東野圭吾が書かない「昔ながらの本格ミステリ」の肩身が狭くなった、と主張する識者も多い(ソースなし。私の偏見です)。
しかし言うまでもなく東野圭吾に非があるわけではなく、あるのはは「東野圭吾が面白すぎ、人気がありすぎる」という事実だけだ。
※それに、ファンはご存知だと思うが、東野圭吾も初期の売れない10年間では本格ミステリも書いている。『名探偵の掟』などは、その経験の産物と言えよう。
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東野圭吾が何故これほど人気なのか?
私が思うに、彼の作品がウェットだからだと思う。
ミステリにしろミステリ以外にしろ、彼の小説では感情が重視されている。特に結末の部分で感情が強く表現される、いわばハウダニットな作品が多い。それが男女問わず、世代を問わず万人に受けている一番の理由だと思う。
(もちろん、簡潔な文章の読みやすさ、『どちらかが彼女を殺した』に代表される技巧的な面白さなど、彼の人気には様々な理由があるだろうが)
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好き勝手書いたあとで白状するが、私は東野圭吾の良い読者ではない。
中学生のとき、直木賞を獲った『容疑者Xの献身』を読み、その後も話題作をちらほら読んでいるだけのライトな読者だ。
読書に興味を持った中学生が東野圭吾から入るケースは多いだろうが、中学生の私は、たまたま東野圭吾ではなく宮部みゆきに熱中していたのだった。そしてその後、綾辻行人などの新本格にのめり込んでいったので、東野圭吾からは距離が産まれてしまっていた。
その後、どこかのタイミングで『名探偵の掟』を読んで、(ミステリをメタ的に笑いにしたコメディであるにもかかわらず)東野圭吾氏の本格ミステリに対する並々ならぬ想いを受け取り、なぜか深く感動したことを覚えている。
だから、東野圭吾は本格ミステリ作家の一人だと、私は今でも思っている。
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東野圭吾亡き後、日本のミステリ映画、ミステリドラマはどうなるのだろうか。
もちろん彼以外にも魅力的な小説家は沢山居るのだが、だとしても、「ネームバリューでドラマの視聴率を左右する国民的小説家」はそうはいまい。
大袈裟に言えば、東野圭吾の新作が出ないことで、国内のミステリ映画、ミステリドラマは規模が縮小するだろう。
「ミステリファン以外も観るミステリ」なんて夢物語になるかもしれない。
東野圭吾はそれくらい大きな存在だったと、今になって思う。
訃報を聞くたびに想うが、当たり前のように居続けると信じていた小説家が居なくなるのは寂しいことだ。
あと一作でも多く書いていただきたかった。本当にそう思う。