暖かい布団で寝たい。
休日はゆっくり美術館にでも行きたい。
平日も日付が変わる前には帰って寝たい。
栄養のあるものが食べたい。
これらは僕には叶わない。
僕は転勤族で、長期出張中で、関わっている案件が既に半年以上のスケジュール遅延を起こしている。
明日引っ越しを命じられるかもしれない。
次の休みがいつか分からない。
明日、昼勤なのか夜勤なのかも分からないので、気が休まらない。
会社にあてがわれた部屋は狭く、布団は薄い。
突然田舎に引っ越してきたので友人は居ない。映画館も美術館もない。
物はコンビニかイオンで買うしかないが、明日引っ越すかもしれない事を考えると、あまり荷物を増やす気にもなれない。
平日は日付が変わってから帰ってきて、急いでコンビニ弁当を食べて急いで入浴して睡眠時間を確保する。
給料は、決して高くはないが、まぁ家を買わなければ一人で生きてはいける額だ。お金に困っている訳ではない。
ただひたすらに自由がない。
いつまでこんな生活が続くのかを考えると、絶望的な気持ちになる。
まず、転勤族はやめられない。『明日引っ越しかもしれない』という状況はあと40年ほど続く。
会社の上司達は、4月に入ってから内示を受けて慌てて子供の保育園転入願いを出したりしていると聞く。
不規則な仕事のせいで子供のイベントには常に行けず、単身赴任がほとんど、たまに自分の建てた家に帰っても子供に怯えられるという。
誇張抜きで、幸福な人間が社内に一人も居ない。
じゃあ転職すればいいのかというと、そう簡単ではない。
転職自体は可能だろう。しかしまた大企業に勤めれば転勤族は避けられない。
中小企業に入ればそのリスクは減らせるかも知れないが、今度は貧困に喘いでいる大学の同期の声が聞こえてくる。
いっそのこと全く関係ない仕事を……と思うが、しかし僕の周りに幸福そうな人はあまり居ない。
顔なじみのタクシー運転手は一日16時間働いて、休みは月に2日だそうだ。
知り合いの助産婦は昨日も今日も明日も夜勤、血を見すぎて憂鬱だと話していた。
僕の知っている限り、幸福になっているのは二種類。
ひとつは、他人(親や配偶者)の金で生きている人間。
もうひとつは、自分は幸福だと無理に言い聞かせている人間だ。
僕はどちらにもなれそうにない。
もうどうしたらいいか全然分からない。
僕は前に小説家になりたいと書いたけれど、ちゃんと突き詰めて想像してみると、おそらく小説家になったって幸福にはなれない。
転職したって幸福にはなれない。
結婚したって幸福にはなれない。
幸福になる具体的なビジョンが見えない。
はっきりしているのは、明日からまた仕事が始まり、日付が変わるまで食事もとれずに働かされるという事だけだ。
「体壊す前に辞めれば」なんてことを言う人も居るが、じゃあ辞めたら幸福になれるのか?
貯金を崩しながら生活して再就職してまた体を壊すか?
実家に戻ってまた親と暮らして下血して精神も病むか?
もう手詰まりだ。生きられない。