思い出話というほど昔の話ではないが、
大学卒業が確定した時の話をしよう。
今までもちょくちょく書いてきたが、僕は何故か常に色々なことに怯えて生きてきた。
なので、「大学卒業」という肩書がどうしても欲しくて、それが貰えなかったらどうしようと心配で仕方がなかった。
実際の所、大学を卒業すること自体はそんなに難しくないし、そもそも大学を卒業しなくても普通に生きていける。
しかし僕は少し病的なところがあるので、何かが心配になるとそういった事実が見えなくなって、恐怖でいっぱいになってしまう。
御存知の通り、大学を卒業するためには、基本的に
①決められた数の単位を取得すること
②その年度の3月末に大学から認可をもらうこと
の2つが満たされればいい。
②は意外と見落としがちだが、単位が足りていても、社会的問題行為や大学との関係悪化により認可が降りない(取り消される)という事態はあるといえばある。
僕は4年生の時点で単位は足りていたが、何故かこの②が怖くて仕方なかった。
もちろん問題行為など一切していないのだが、教授の裁量一つで卒業できないのではないかという恐怖に苛まれていた。
4年生の最後の3月に、
「卒業が確定する日」というのがある。
つまり、その日を過ぎれば、もう卒業が撤回されないという日のことだ。
ほとんどの大学生はそんな日の存在など知ってすらいないだろうが、
僕はその「卒業が確定する日」に、心臓の音が聞こえるくらい緊張していた。
その日、僕は部屋に閉じこもっていた。
外で因縁をつけられたりして問題になるのが怖かったからだ。
そうして部屋で1日を過ごし、夜はじっと時計を見ていた。
日付が変わる前に、教授から電話がかかってきて「やはり撤回だ」と言われる恐ろしい想像を、何度も何度も脳内で繰り返していた。
時計の針は、ひどくゆっくりと動いていた。
このままいつまでも夜が続いていくような気がした。
そして、ついに、時計は夜0時を迎えた。
当然のごとく、大学から電話やメールの類はなかった。
僕の大学卒業は確定した。
ほっとした。嬉しいというよりほっとした。
全身の力が抜け、僕は椅子にぐったりともたれかかった。
なんだか、時効を待つ犯罪者みたいだ、と思った。
この感覚は今でも続いている。
現状、ある会社から内定を頂いているが、いつか取り消されるのではないかとビクビクしている。
大学院は、推薦枠で内定を貰った関係で、どう考えても卒業させてもらえるのだが、やはり不安でいっぱいだ。
それ以外にも、恋人に愛想付かされないかとか、就職しても解雇されないかとか、しても仕方のない不安で、僕の中は満たされている。
おそらく僕は、生まれつき犯罪者の気分なのだろう。
その罰が執行されないような、時効が来るのをいつまでも待っている。
そんな気持ちで毎日を過ごしている。
もはや、このような日々そのものが何かの罰なのかもしれない。
許される日は来るのだろうか。
分からない。
もはや、自分が何を怯えているのかもよく分からない。