精神科に入院していた母親が帰宅した。
母親は目に涙を貯め、深々と頭を下げて
「今まで本当にごめんなさい」
と言った。
彼女の口から謝罪の言葉を聞くのは初めてだった。
僕はその一言で、過去のことを全て忘れることが出来た。
退院した当初の母親は、まるで幼子のように戸惑っていたが、すぐに元の生活に慣れていった。
生活が安定してきた頃、母はカメラに興味を持ち始めた。
以前から花の写真を撮るのが好きだったが、より拘りを持ち始めたらしく、一眼レフを買ってきたのだ。
週末ごとに、何処かに出掛けて写真を撮るようになった。出先で友人も出来たらしい。
来月には、その友達と泊まりで旅行に行くという話を聞いた。
母が入院している間、父はカウンセリングを受けていた。
当初は「息子に言われてカウンセリングを受けているだけ」というスタンスだったが、
数週間経つうちに、僕に「お前から見て我が家はどうだったか」などと問うてくるようになった。
ある日、帰宅した父は涙を流していた。ぎょっとした。
父は居間でばかりと倒れ、「全部俺が悪かった。俺が何も考えていなかったばかりに……」と泣き崩れた。どうやら酒を飲んできたらしい。
次の朝には何事もなかったかのように出社していったが、その日を境に、父の態度は明らかに変化していった。
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母は些細な事でよく笑うようになった。
鼻歌を歌うことすらあった。
父もよく喋るようになった。
テレビ番組の話とか、食べ物の話ばかりだったが、父がどういう人間なのか知ることが出来たので新鮮だった。
二人はたまに喧嘩をした。が、すぐに仲直りをした。
最後にはいつもどちらかが謝って終わった。謝る頻度は半々くらいだった。
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話は変わるが、三年ほど付き合っている恋人と、結婚の話題がよく出るようになった。
僕はまだ入社1年目だから今すぐ結婚という訳にはいかないが、まあ数年経って仕事が落ち着いてきたらかな、と漠然と考えている。
両親に恋人の話は既にしており、何度か会ってもいる。
母は「娘が出来たみたいで嬉しい」などとババくさいことを言っていた。
父は、「お前が連れてきた相手なら信頼できるだろう」などと言って、あまり話さなかった。要するに照れくさいのだろう。
今後子供を作るかどうかについてはまだ考えていないが、どうやら彼女は産みたがっているようだ。
まあひとまずは、結婚して、お金を貯めて、だ。
やることはたくさんある。
恋人との話の中で、二人の目標がひとつできた。
子供が出来ても、仲の良い夫婦でいることだ。
そして子供に「自分も結婚したい」と思わせること。
それが当面の目標である。