kenpi20の灰色マインドマップ日記

にわか作家志望(某メーカー研究職、新入社員)による、現状把握・思考整理

【日記】 医療・福祉の究極的な目的は、「選択肢を増やす」ことではないか

 

医学や福祉学の用語で、『廃用症候群』というものがある。

 

平たく言うと、

「体の調子が悪い」 → 「体を使わなくなる」 → 「体使わないので更に体調が悪くなる」 → 「体調が悪いので更に体を使わなくなる」 → 「使わないので更に更に……

という悪循環のことだ。

 

典型的な例として、車椅子がある。

足が少し弱っている人が車椅子を使うと、普段以上に足を使わなくなるので、症状がどんどん悪くなってしまう。

 

このような悪循環は、悪いものとして認識されており、福祉の分野では「解決すべき問題」とされることが多い。

 


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しかし、廃用症候群が悪なのかを深く考えると、実はかなり難しい問題でもある。

 

廃用症候群の予防"のみ"を考えた場合、車椅子は使うべきではないので、「弱っている自分の足で歩くべきだ」という結論が出る。

しかしそれでは日常生活に支障が出るし、何より辛い。

 

「自転車を使って、少しだけ足を使う」などの妥協案も同じだ。少しでも自分の体を使う場合、多少なりとも作業効率は下がるし、辛い。


つまりトレードオフの関係になっているのだ。

車椅子は、効率は良いが体は弱る。

自分の体を使う場合、健康には良いが効率は悪い。

 

どちらが良いのか? 廃用症候群はどれだけ重視すべきなのか?

それは哲学の領域の問題であり、答えは簡単には出ない。

 

 

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で、ここからは僕の意見だけれど。

 

医学、福祉工学がすべきことは、この問題に答えを出すことではないと思う。

そうではなく、患者の方々が、どちらの道も選べる環境を作れることではないだろうか。


つまり、「車椅子を使え!」「いや、自分の足で歩け!」と指示するのではなく、

「車椅子を使いたいのなら、こんな素晴らしい車椅子があるよ」

「自分の足を使いたいのなら、こんな安全装具があるよ」

といった提案をすべきだ。

 

その上で、患者の方々がどちらを選ぶかは、その方の考え方を尊重すべきだろう。

何故なら、人は皆、自分の好きなように生きる権利があるからだ。

 


選択肢がある、ということは、おそらく強い希望となる。