ふと思い出したこと。
一昨日書いた
「人間は回顧的にしか学習できない」
という言葉は、大学の『映像史』か何かの授業で聞きかじった言葉だ。*1
その授業は一般教養科目で、つまり専門外の科目だった。
平たく言えば、「理工学生が受ける、ごく少ない文系科目」だった。
だから、正直言って真面目に聞いていない学生も多かったし、聞いていても理解できないことも多かった。
しかしそれでも、それなりに面白かったことを何となく覚えている。
そんな曖昧な授業の中で使われていたのが、
「人間は回顧的にしか学習できない」
という言葉だった。
つまり、人は失敗なしでは成長できないということだろう。
これはその教授の座右の銘だったらしく、「僕の授業の内容を全部忘れてもいいから、この一言だけは覚えていてほしい」と言われた。
そして僕はこの一言だけは覚えておこうと思った。
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それから数年が経ち、僕は研究室に配属になって、曲がりなりにも工学の研究をするようになった。
工学のポイントのひとつとして、「制御」という分野がある。
簡単に言うとシステム(機械)のオン/オフや速度などを制御(コントロール)するということだが、その制御方法にはいくつか方式がある。
そのうちの一つに、「フィードバック制御」がある。
これは、簡単に言うと「装置を動かした結果をもとに、動かし方を修正する」という制御。
その代表的な例がエアコンである。
「冷気を出す」という行為(動作)を続けた結果、部屋の温度が下がる(結果)と、エアコンは冷気を出すのをやめる(動作の修正)。
このように、結果に基いて次の動作を修正する制御を、「フィードバック制御」と呼ぶのだ。
そしてこの「フィードバック制御」は、機械制御において絶大な威力を発揮しており、精確な制御はフィードバック無しでは行えないとすら言える。
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僕が何を言おうとしているか分かるだろうか。
今話した2つの話、すなわち
「人間は回顧的にしか学習できない」
「精確な制御はフィードバック無しでは行えない」
は、まったく同じことを言っているのだ。
一度、動作を試してみないと精確な制御はできない、ということだ。
全く違う方向から、同じことを言われていることに数年後しで気付き、僕は感動した。
真理というものがあるとすれば、それは分野を選ばないのかもしれない。
*1:教授の名前すら覚えていない。失礼ながら