kenpi20の灰色マインドマップ日記

にわか作家志望(某メーカー研究職、新入社員)による、現状把握・思考整理

【日記】 制作意図とランダム性のバランス

 

少し恥ずかしい話だが、数日前に『ソリティア*1iPhoneアプリを落とした。

 

そのアプリには2つのモードがある。

1つは、開始時に、ランダムにカードが配布されるモード。

このモードの場合、並び方によっては、「絶対にクリアできない初期条件」というのが存在する。

 

もう1つは、開始時に、絶対にクリアできるようにカードが配布されるモード。

つまり、前述の「絶対にクリアできない初期条件」を排したものだ。


2つのモードを何回か試して思ったことだが、

「絶対にクリアできるモード」は、何だか面白くない。

クリアしても、「まあ、そういう風に出来ているからな」と思ってしまう。

 

そもそもこのゲームは、占いに似た要素もあったようだ。

そう考えると、「絶対にクリアできるモード」は大吉しか出ないおみくじのようなも

ので、なるほどそれは面白く無いだろうなと思う。

 


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だが、全く違う場面で、逆のことを感じたこともあった。

 

それは以下に示す、「ランダムで自動生成した音楽が流れるサイト」だ
http://computoser.com/

(※2014/11/19 現在、繋がりにくいかも)

 

適当にチェックを入れてから「play」ボタンを押すだけで音楽が流れ出す。

これは人が作曲したわけではないので、そこには理論も製作意図も何もない。ひたすらに音が紡がれて、流れる。

 

僕はこのサイトがなんだかとても苦手だ。

つまり、僕は曲に制作意図を求めているということになる。

ソリティアとは違う。

 


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そして、そのどちらでもない事象も存在する。

 

僕は料理を食べる時、もちろん美味しいものが食べたいが、美味しければ料理人の意図があってもなくてもどっちでもいい。

 

コンピュータが自動で作ってくれてもいいし、人が丹精込めて意図的に作ってもいい。

 


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ソリティアと、音楽と、料理は、僕の中でどう違うのだろうか?

 

研究論文ではないので無理に答えを出すことはしないが、少し深く考えてみたら面白い結果が得られるかもしれない。

 

 

 

*1:正確にはクロンダイク。windowsに標準装備されているアレ