kenpi20の灰色マインドマップ日記

にわか作家志望(某メーカー研究職、新入社員)による、現状把握・思考整理

【日記】 今まで幸福でなかったので、今後の幸福も思い浮かべられない


今日は朝から研究室で作業をしている。

 

今日は主に、来週の発表資料(パワーポイント)を作っていた。

発表を聞く方々はかなり手厳しいので、資料を作りながら「どうせ怒られるのだろうなあ」と考えている。

 

また、それとは別に明日、とってもお偉い外部の先生に研究紹介をしなければならない。

何やら国との共同プロジェクトがあるらしく、その予算がどれだけ降りるかが決まるとても重要なイベントだから、スーツ着用はもちろん、「絶対に失敗はするな」と何度も念を押された。

考えただけでお腹が痛い。もう既にやりたくない。

 

冷静に考えて、なぜ給料が出るわけでもないのに、日曜日にまで大学に来て作業をしなければならないのか。


大学院の最終学年だから、変に忙しいだけなののかもしれない。
来年になったら、土日に休むくらいの生活は出来るのかもしれない。

 

 


と、そこまで考えて、「この思考パターンが既視感があるぞ」と想った。

 

そう、それは高校生の時だ。

僕の通っていた高校は中途半端な進学校で、なんだかよく勉強させられた。
その時、教師たちは口を揃えてこう言った。

「大学生になったらたくさん遊べるんだから、今は我慢して勉強しろ」

しかし、それは嘘だった。

他の大学・学科は知らないが、僕の大学の機械科はとても忙しく、睡眠時間を削らないと課題をこなせなかった。

院に入ってもあまり状況は変わらず、今に至るわけだ。


だから、「来年、社会人になったら幸福になれる」というのも、何だかあんまり信用出来ない。

 

これが学習性無力感というやつだろうか。

もはや、不幸でなければ自分ではないという気すらする。

なにせ、良い思い出を脳内から掘り起こすこともできないのだ。

 

 

僕は子供時代から生きるのが楽しくなかったし、運動会も、修学旅行も苦痛だった。

夏休みだって、親が家に居たので嫌だった。

恋人と居ても、「今この人は楽しめているのだろうか?」と不安だった。

何かしているときは「本当にこれをしていて良いのか」と不安だったし、何もしていない時は「何かしなければならない」と焦っていた。

 

まあ、冷静に思い出せば、楽しい記憶のひとつくらいあるのだろうが……今は思い出せない。

 

つまり、ここ数週間、かなり精神がまいっているということだろう。

僕は今、研究室の本棚に背を向けて座っているのだが、今この瞬間に地震が起きて、上の方の辞典が頭に直撃して首の骨を折ってくれないかな……と、そんなことばかり考えている。

話にオチをつける元気もない。