kenpi20の灰色マインドマップ日記

にわか作家志望(某メーカー研究職、新入社員)による、現状把握・思考整理

【日記】 合理的な生活は、社会レベルでは正しいが個人レベルでは危険

 

世間では、今日から仕事という人が多いと思う。

なので僕も今日から学業やその他作業に勤しもうと思っている。

 

僕は大学院生なので、このタイミングでの区切りは特に無いのだけど、何故かそんな気分になったので今日からきちんと生きよう、と思う次第である。

 

今、僕がすべき作業とは、「(大学院での)研究」「バイト」「小説の執筆」だ。

小説は趣味だが、僕にとっては他の何よりも大切なもので、でも体力を使うので、こうしてタスクとしておくことでやる気を出そうと思う。

恥ずかしいので詳細は書かないが、これらについて小目標と大目標を立て、毎日こつこつと進めていこうと思う次第である(小学生か、お前は)。

 

 

懸念すべき事項としては、「このタスク処理が重荷となってしまって心が苦しくなるのではないか?」ということだ。

その前例はいくつもあって、過去にこういう自分ルールを作りすぎたせいで、かなりしんどかった記憶がある。

物事の限度がよく分かっていないので、分刻みで日記を書いたりしてしまうのだ。

過去にそうなった時は、カウンセリングの先生に「自分ルールを作ってはいけない、適当に生きたって別に良い」と言われた。

 

 

しかし、当然だが、社会は僕にそんなことを望んではいない。

実際問題としてダラけてばかりはいられない。

社会は、正直なところ、精神病患者よりも健常者が欲しい。常に働き続ける人材がほしい。残酷だが、それが現実だ。

世界は僕の精神を気遣って止まってなどくれない。

 

僕は今年で大学院を卒業しないといけないし、その後は会社員としてある程度は成果を出さなければいけない。バイトも続けて一人暮らしの資金を貯めなければいけない。

全ては生活のためだ。

 

生活のために精神を犠牲にするというのは奇妙な話だが、まあ、現代社会においては誰もがやっている行為だと思う。

 

 

僕はそのことに対して「だから社会はクズだ」などと宣うつもりはない。

その点において社会は非常に合理的だからだ。

 

僕は合理的なものが好きだ。資本主義なんてその最たるものだと思う。

でも、個人レベルで合理的を目指しすぎる(自分ルールを作りすぎる)と、自分が壊れてしまう。

その辺のバランスが、難しいところだ。