kenpi20の灰色マインドマップ日記

にわか作家志望(某メーカー研究職、新入社員)による、現状把握・思考整理

【考え方】 「どうして1+1は2なの?」  ――定義そのものに抵触した質問

 

「どうして1+1は2なの?」
子供が聞きそうな質問である。

 

答えは簡単。
「1+1の答えを2を呼ぶことにした」
のだ。

 

このような、定義そのものを問うている質問というのは意外と多い。

 

「エネルギーの総量は何故変わらないの?」
という質問もそうだ。

 

実際には逆で、
「この世界において、総量が変わらない物理量を『エネルギー』と呼ぶことにした」のだ。

 

だから、今後未知の物質や現象が発見されたり、超能力や宇宙人が登場したとしても、エネルギー保存則は覆らない。
何故なら、その未知の物質も含めて「エネルギー」という言葉の定義が変化するだけだからだ。


これは「何故エントロピーは増大するの?」という質問も同じで、
「この世界において、常に増大する物理量を『エントロピー』と呼ぶことにした」のだ。

 


こういった『定義に関わる質問』は、科学や算数の世界以外でもたくさんある。

 

「人々は何故生きることを善としているか?」
その『人々』(この世に存在する人間)が、死なずに生きることを選択している人々だからだ。


「何故スポーツ選手はスポーツをするのか?」
スポーツをすることを選んだ人間をスポーツ選手と呼ぶのだ。


「なぜあの人は、自分とは違う考え方をするのか?」
違う人間だからだ。

 

 

こういう問いは案外多い。
何故多いのかというと、おそらく、そこに意味を見出したいからだろう。

 

1+1=2となることに、納得できる意味を見出したい。
エネルギーの総量が変わらない理由に、神の存在や美しさという概念を持ちだして、納得したい
「生きる=善」という考え方に正当性を持たせたい
スポーツ選手の例を持ちだして、スポーツを正当化したい。

 

そんな風に、自分を納得させたいという主観的な理由から、こういう問いは作られるのだと思う。


しかし、「全ての問いに、自分が満足できるような解答(根拠)があるわけではない」ということは、分かっておいたほうが良いと思う。

 

 

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※蛇足の話。

エジソンの子供時代のエピソードとして、
「1+1=2というが、粘土1個と粘土1個を混ぜても粘土1個にしかならないのは何故か」
という質問をして周囲を困らせた、という話がある。

 

これの解答は、
"「1+1=2」と「1個+1個=2個」は本質的に異なり、前者は常に正しいが、後者は常に正しいとは限らない"
ということになる。

 

「1」とは、厳密には「1個」や「1グラム」のことではないのだ。